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地域の“つながり“はどこまで「おせっかい」ができるのか?が重要


毎週水曜日は「ソーシャルデザイン集中講座 2014」の講義日なのですが、今週は諸事情によって板橋区といたばし総合ボランティアセンターが共催で運営している「いたばしまちの学校」というものに参加してきました!今回はその内容を簡単にサマリーとして残しておきます。

いたばしまちの学校とは?

●地域とあなたにとって大切なこと、いっしょに考えませんか?
さまざまな課題のある現代、求められるのは地域力ではないでしょうか。
地域で様々な活動を行う住民、団体、行政などの”つながり”がさらに地域を豊かにする、との思いから、地域のみなさんと一緒に学び、考える3回連続の講座を開催します。

上記のような説明が記載されていましたが、要するに地域住民の意見交換会のようなものです。あるテーマに沿って講師の方がいらっしゃり、セミナー形式での勉強会にも近いものがありました。板橋区を更に細分化して各地区ごとに10回程度開催されているそうです。

今回の地区での参加者については7人5Gでテーブルに埋まっていたので、35人程度の方が参加されていました。参加者の平均年齢は70代程度でしょうか。20代はぼくとパートナーのみでした。今回の地区での開催は2回目となっており、参加者の60%は1回目の参加者でもありました。非常に意識の高い高齢者の方たちが集まっている意見交換会といえます。一方、若年層にはアプローチができていない状況です。(ここではアプローチする意味があるのかという議論は割愛します。)そんな参加者たちが今回テーマとしたのは下記の内容です。

1.DVD視聴(老人漂流社会『終の住処はどこに』)
2.講演 テーマ「高齢者の課題を地域ぐるみで考える‐どうする”終の住処”-」
3.グループ討論 地域の”つながり”とは

3はディスカッション形式でしたので非常に面白い発見がありました。

気づきメモ

ここからはディスカッションの内容やセッションの合間の会話をメモとして記載します。非常に面白い”気づき”が多かったです。

・88歳の1人暮らしの女性は町会長に誘われて55歳からラジオ体操に参加しており、いまもやっているそうです。ラジオ体操後に一緒にコーヒーを飲みながら老人同士で知り合いになったそうです。そのラジオ体操にて普段元気な人がラジオ体操にこなかったみたいで、訪ねても出てこないので警察にドアをあけてもらったら、意識不明の状態だったそうです。1時間遅れていたら危なかったみたいですが、原因は薬を飲んだことを忘れて2度飲んでしまったため。

・上記にも関連しますが、一人暮らしの高齢者の方が強く”地域へのつながり”を求める様子がうかがえました。”つながり”がないと何かあったときにだれかが助けてくれないという不安な気持ちが地域への参加を促しているといえます。

・会社勤めの人がリタイア後にいままで地域と接点が全くなかったので、つながりたいと思っていても出て行けない。ただ、同様の人たち(わしも族)がいるので、そこでコミュニティが形成してつながっていくこともある。

・明日食べるものが家に調達できなかったら衣食住の食も断絶される。つまり、歩けない人はどうするの?ってことです。特に要介護レベル2以上の方だと断絶される危険性がある。しかし、東京では半数以上の方は自宅にいる。要するに、何もしなければライフラインが止まってしまう社会ということ。

まとめ

生々しいシニアの発言が多かった印象です。特に”つながり”というキーワードに対して、普段ぼくが生きている感覚とは全く違う気持ちがうかがえました。普段、リサーチャーとしてシニア層(60代以上の方)を対象にインタビューなども行うこともありますが、それ以上にリアルな話が聞けました。また、同じ場でディスカッションをしたことで大きな気づきを得ることができたと思います。ぼくはこのような地域形成の元となる交換会などには参加したことがなかったので非常に新鮮でした。ぼくは今ソーシャルデザイン講座にてマクロ的(概論的)な社会デザイン/地域デザインを学んでいます。方法論はいままで培ってきたマーケティングのノウハウがあります。ただ、今回の気づきは非常にミクロ的な視点での気づきです。”現場主義”、”事実”、”マーケットイン”。改めて定性リサーチの原点でもあるようなワードの大切さを体感しました。

●まちづくりやコミュニティデザインって安心して暮らせるコミュニティをつくること?

・一人暮らしの高齢者は本当に安心して暮らせている?
・子供たちは元気に外で遊べている?
・生産労働者は活発に意見を反映できる環境になっている?
・だれが助けて、だれが助けられる?助け合いの体制になっている?

上記のような感覚にぼくはなりました。上述した”つながり”によって助かった話、逆のパターンもあり得たわけです。まずは上記の問いに対して、自分が住んでいる地域においても現場をしっかり見つめ直し、自分ができることを行動していくことがコミュニティをデザインする一歩なのではと思います。最後に“どこまで「おせっかい」ができるのか?”このバランスが地域デザインには重要なファクターになる気がしています。