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地域のユーザーである住民と一緒にデザインしていくことが最大のポイント


最近仕事やフィールドワークで参加できていなかった、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科が主催する「ソーシャルデザイン集中講座 2014」のサマライズです。講座参加の経緯などは前回のブログから。早速ですが第5回の講義をサマライズしていきます!(2回も休んでしまった・・・)

 

第6回 社会デザインを支える哲学と思想 講師:内山 節氏

概要:社会デザインを支える哲学・思想をあらためて正面から問い直します。例えば経済哲学の視点から今日の資本主義的市場経済の問題点をとらえ、自然や人間の営みから新しい経済デザインを考えます。またコミュニティーデザインの方法をローカル社会を基盤にして考察します。

今回は哲学というあまりに遠い学問でした。思想という観点から社会のあり方を考える。非常に難しかったです。なので、今回も気になったところだけピックアップします!

農村の景観はマーケットインのデザイン!

景観デザイン(ここでのデザインはクラフトのデザインです。)において、農山村地域と都市部での比較が説明されていました。みなさんも地方に行った際に「景観がきれい」と思う瞬間は多いのではないでしょうか?海・山・川などの自然もそうですし、その自然の威厳を壊さないような町並み。一方、都市部(例えば東京)の町並みを見て「きれい」と思うのは夜景ぐらいな気がします。前者の農山村地域の景観にはデザイナーは存在していません。後者の都市部には有名なデザイナーが絡んでいることが多いです。少なくとも町全体のデザインはしていなくとも、建造物については有名デザイナーが関わっていることがほとんどだと思います。それなのに、「景観をきれい」と思うこの差は何なんでしょう。

農山村地域の景観ができる仕組みを考えてみましょう。農山村地域ではそこに住む住民が町を作っていきます。例えば、仕事を生み出すために余っている土地に勝手に「田んぼ」を作り出します。そして、田んぼで仕事をしていると格好も田んぼ仕様になります。そうすると、昼間にいちいち靴を脱いで、忙しい中お昼をゆっくりとるという行為が面倒になっていきます。農山村地域では「囲炉裏」がある家が都市部と比較すると多いはずです。「囲炉裏」は玄関から近いところにあり、土足で入れるようになっています。つまり、先ほどの「お昼」を囲炉裏でとることになるのです。囲炉裏には灰の中で温めていた「おやき」があり、すぐに食べてまた仕事に戻る。これは一例ですが、このようにして生活に必要な家づくり・村づくりを住民起点で行っているということです。まとめると、農山村地域では「地域社会の関係性」がデザイナーとなって景観を作っていることになります。そして、その景観は「村人たちの関係性が表現されている景観」といえます。一方、都市部の景観は「住民の生活は無視」されています。例えば、東京であれば「東京」が主語となってまちづくりが進みます。経済合理性をメインとした景観。つまり、「東京的関係性」がデザイナーとなって景観を作っているといこうことです。ぼくの解釈を入れたまとめの表現は農山村地域は「マーケットイン型」のデザインであり、都市部は「プロダクトアウト型」のデザインといえます。農山村地域の景観を「きれい」と思えるのも、人間本来のウォンツを満たす表現になっているからですかね。デザインという言葉をアーキテクトとしてのデザインに置き換えた場合でも「その社会やコミュニティがどのような関係にあるのかを把握し、それに基づいたデザインを思考するという発想が大切」だと思います。

建築家という専門家にもマーケットインの発想を求めるべきか?

話は変わって、講師の付き合いがある建築家の方の話になりました。先ほどの景観の話にも重なる部分はあるのですが、下記のようなことを話されていました。

  1. 家は建築家の作品になった瞬間に住みづらくなる
  2. 地域における文化センターがなぜ該当地域に必要なのかを考えて建築している
  3. 該当地域における「学校」の意味とは何かを考え始めている

上記は建築家の方が講師に話されていたことです。①はプロダクトアウトの発想。作品となった瞬間に住む人を無視することになり、実際の生活においては非常に住みづらい家になってしまうということ。一方、②③はマーケットインの発想。建築家の方でもこのようなことを求められているそうです。②では建築家の方が文化センターの建築のお題をもらってから、何度も地域住民と議論を交わしたそうです。当初は住民の方も「あれも欲しい」「これも欲しい」というようなオーダーをしていたそうですが、建築家の方が都度サンプルの模型を作成して持って行ったところ「これは使いづらい」と考えを改めるシーンが増えていったそうです。そして、根源的な議題になり、そもそも「この地域の関係性ってどうなっている?」「いま地域に必要な関係性とは?」「その上での文化センターの意味とは?」「意味に基づいた文化センターの機能とは?」といった思考フローに住民の方も変化していったそうです。③も同様です。非常に大切な発想だと思います。ぼくが常々出している「マーケットイン」「現場主義」「ボトムアップ思考」実現された事例だと思います。
しかし、建築家の方は「生活者の声を聞く」専門ではありません。やはり「格好いい建造物の設計をする専門家」だと思います。近年では「専門家による破壊」という言葉もあります。つまり、プロダクトアウト思想が強すぎてユーザー無視のプロダクトが存在するということ。でも、彼らのスペシャリティはそのまま残した方がいい気がします。本来のスペシャリティにパワー集中すべきだと思います。そのために、ぼくらリサーチャーがいますし。課題としてはリサーチャーと建築家のコラボってたしかにあまりないよなって思いました。特にソーシャル分野で活躍しているリサーチャーって聞かないですし。リサーチャーがあらゆる専門家とタッグを組むことでインパクトのある作品を作れるのではないでしょうか。(当たり前ですが。)

地域のユーザーである住民と一緒にデザインしていくことが最大のポイント

今回取り上げたのは哲学や思想の話に行く前段のテーマ部分でしたが、改めてボトムアップ思考の「ソーシャルデザイン/コミュニティーデザイン」が重要だと思いました。該当地域のウォンツやつながりを把握することがまずは大切です。しかし、ぼくが調査しても絶対根本的なウォンツや関係性は見つけ出せないと思います。そこで住んでいる人々の想いや歴史はそう簡単には把握できません。(でも建築家の方よりは絶対に把握できます!)ではどうするか?共創だと思います。イニシエーターとなる地域住民の声を聞き、一緒にデザインしていく。それは企業のマーケティングと同様で「共創プロダクト」と呼ばれるものです。地域という絶対に利用しないことがないプロダクトをそのユーザーとなる住民と一緒にデザインしていくことが最大のポイントだと感じました。