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1人1つの社会課題を解決できれば日本だけでも1億個の社会課題が解決できる


立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科が主催する「ソーシャルデザイン集中講座 2014」のサマライズです。講座参加の経緯などは前回のブログから。今回は最終回となった第7回の講義をサマライズしていきます!

 

第7回 ソーシャル・イノベーション実践論 講師:石川 治江氏

概要:ソーシャルデザイナー(社会イノベーター)に求められるものとは?あなたは明日からどのようなSocial Designerとなるのか?社会を創り、変える担い手に必要な背景、能力、知力・気力・体力のすべてを実践的に「体験」します。

今回は最終回ということもあり実践編です。講義形式ではなくディスカッション形式の授業でした。下記がアジェンダです。

  1. ケア・センターやわらぎについて(講師の自己紹介)
  2. グループワーク1(ブレーンライティングシートを使い問題・課題を抽出し確定する)
  3. グループワーク2(確定したテーマで議論する)
  4. グループワーク3(ワールドカフェ方式により、グループワークを実施する)
  5. グループワーク4(ホームグランドに帰り解決策、提案等を盛り込みプレゼン資料を作成する)
  6. 各グループからのプレゼンテーション
  7. 投票(優勝チームを選ぶ)
  8. 講評

この内容を2時間30分で行うので、なかなか刺激的な時間でした。また、以前記載していたワールド・カフェも盛り込まれていたことが新鮮でした。今回のサマリーではディスカッションの内容ではなく、ディスカッション全体を通して気づいた内容をまとめていこうと思います。

空中戦となってしまうディスカッション

最終的な講評でもいただいた言葉でしたし、ぼく自身ディスカッション最中にも感じていたことなのですが、議論が非常にマクロ的な視点となっていました。今回のグループワークは「社会課題」を各チームで設定して、その課題の解決法を提案するというのがミッションでした。その中で「社会課題」をマクロ的にとらえすぎてしまう傾向が強かったと思います。

ちなみに、今回の参加者(講義の受講生)は「社会課題をビジネスの力で解決する」という講座のサブテーマにあるように、日々ビジネスシーンで活躍されている社会人の方が大多数となっています。そして、ビジネス上での多くの課題解決法を武器として、社会課題に対して真摯に向き合っているモチベーションの方々です。そのような人たちの集まりであっても、議論の中で課題を「自分事」として話せる人はいませんでした。つまり、“ありありとした現場の課題”が語られることはなかったのです。

グループワークでは「無縁社会とつながり」「男性の育児参加」「生きがいの見つけ方」「外国人誘致」「超高齢化社会の対策」というような課題設定が並んでいましたが、その課題って“具体的にだれがどのように困っているの?”という視点はここから深堀されることはなかったです。すなわち、最終的なプレゼン(=課題解決法の提案)を行う前の課題設定の時点で失敗していたのです。せっかく、課題解決法にはバラエティに富んだ方法論を知っている人たちの集まりだったのにも関わらず、課題設定を見誤ったタイミングでその武器が本来の姿を見せることはありませんでした。

ぼくはこの「ソーシャルデザイン集中講座」と並行して、「いたばしまちの学校」という板橋区といたばし総合ボランティアセンターが共催で運営している、地域住民の意見交換会にオブザーバーとして参加していました。そこでは80代の高齢者の方が普段の生活シーンにおける生々しい課題を話されていました。意見交換は地域における課題を話し合って解決法を自分たちで探るというテーマでしたが、今回の講義でのディスカッションとは天と地との差がある内容の違いでした。言葉は悪いかもしれませんが、地域住民が感じられている地域における課題は絶対にこの講義からは出ることはなかったでしょう。それは住民の方々は課題を「自分事」としてとらえているため、生々しさ、つまり具体性が飛躍的に高まっているのです。ただ、解決法には多くの課題が存在していましたが。

現場を知っている人だけが課題の解決に挑戦するわけではない

先ほどまでは自分を含めて現場を知らない、すなわち課題の本質を見誤ることがダメだと綴っていました。しかし、それは仕方がないことなのかなとも思っています。

考えてみると、現場を詳細に知っている人、体感している人は下記の2者です。

  • 課題の解決者
  • 課題の被害者

そして上記に属していない人が課題を知る方法は下記に集約されるはずです。

  • 自分が課題体感者となる(現場に出向く)
  • 課題体感者の話を直接的に聞く(現場に出向く)
  • 課題体感者の話を間接的に聞く(メディアなどから手に入れる)

要は現場に出向くかメディアなどから手に入れるかとなります。

ただ、現場に出向く方をみると、必ずしも社会課題を解決したい人が現場に行く必要なないと思います。課題解決に挑戦・協力した人の中には、何となく関心はあるけど・・何か自分のスキルが貢献できるとは思うけど・・というように潜在的なモチベーションの人も多く存在しているはずです。その人たちに「とりあえず現場行って来い!」というのはせっかくのモチベーションを摘んでいるように感じます。必ずしも課題体感者だけが課題解決をしたいと思う時代ではないのです。

また、間接的に話を聞く方をみると、そこまでありありとした現場を普段情報として手に入れることはあるでしょうか?少なくともぼくはそのような体験をしていないです。きっと調べればあるとは思いますが、普及されていなければインパクトは少ないのかなと。

つまり、課題を知る機会っていうのが圧倒的に不足しているのだと思います。そのような環境の中で今後社会課題の解決に挑戦・協力したいと思う人はどのように活動すればいいのでしょうか?せっかく、解決法に特化したスキルがあって、モチベーションもある人たちがいるのに、課題の本質を見誤って違った解決をしてしまう構図をそのままにしておくのは勿体ない気がします。

現場を発信する価値

全く世界の違う二つのディスカッションに同じタイミングで参加できたことで、上述したような問題提起をすることができました。もちろん、ミクロ的な視点も必要ですが、マクロ的な視点とピストンを繰り返して思考することが本質的な課題解決につながると思っています。しかし、ミクロ的な視点が手に入りづらい環境であれば、だれかがそこに関与する意味はあると思います。

この構図は普段行っている企業のマーケティング活動と非常に似ています。商品というのは単純にスペックだけで購入されるのではなく、その商品が持っている便益(=ベネフィット)が購入者側の求めること(=ウォンツ)を満たすため購入につながるのです。そして、その求めていること(=ウォンツ)がメーカーは把握しづらい環境なので、ぼくらリサーチャーが介在しています。ぼくらは生活者の求めていることを現場から発見して、メーカーにフィードバックしているわけです。

今まで述べていた社会課題に挑戦・協力したい”ソーシャルデザイナー”を商品として考えてみると、そのベネフィットを受けるのは現状の「課題の解決者」や「課題の被害者」になります。彼らが求めていることを無視してベネフィットを提供してもそれはすごく勿体ないことになります。その生産者と受注者のつながりが上手く機能していないのであればリサーチャーのベネフィットである、両者の介在役となり適切なつながりを築くことができると思います。

方法論は単純な調査とは異なると思います。メディアを使った現場の声の発信なのかもしれません。発信だけでは不十分です。より、関与したいと思わせるストーリーも重要になります。ただ、この適切なつながりが実現されたら、1つの課題に対して、一番解決に向いている人が解決を実行することができます。そうしたら小さい課題かもしれませんが、いまある様々な課題が幾人もの人たちによって解決されて、最終的には非常に大きいソーシャルインパクトを与えられる気がします。そんな社会の仕組みの一助となるサービスを考えたいと思いました。